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「先づそのうちには、町内の様子もいろいろお解りになることでせう。これでなかなか面倒なこともありましてな」
「やあ、しばらくで」
「はあ、なるほど」
と、練吉はわざとらしく顔をしかめてみせた。
「さつき、はじめは、はてな、見慣れない男がいるな、と思つたくらいですからな」
房一は自転車を降りて押しながら歩いた。しばらく行くと貯水池が見えて来た。あたりは松林で、その抜き立つた幹の間から水面が光つていた。向ふ側は半ば葉を落した雑木山だつた。いたる所が透いて、明あかるく、からりとした空気の中を時々つんと強い山の匂ひがした。
別に会ふ気がなかつたから、と云ふ代りに、
と云つた。
「――さうだな」
房一は熱心に愛想よく椅子をすゝめた。
徳次は新聞なんかはとつていなかつた。ところが、町のずつと上手にある町役場では、すぐ近くのバスの発着所からいの一番に配達されるし、又県庁からの示達があるので、いろんな特種とくだねが入つた。今泉は早耳好きだつた。それに堀内将軍は聯隊長時代に今泉の上長だつた。その年の夏青島攻略がはじまつて、新聞に堀内将軍の記事が出て以来、今泉は何度河原町でこの「信水閣下」のことを話したものだらう。彼は夢中になつていた。その情熱のおかげで、今泉は町中の人が彼と同じ位に「信水閣下」を知つているやうにさへ思ひこんでいたのである。だから、新聞で凱旋の記事を見たとき、今泉はもうどんなにしてもそのことを知るかぎりの人に、誰でもいゝ、報しらせたくてたまらなかつたのだ。
「大きいかね」
「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」